棉の種取り機で種を取る~種に対して想うこと~

収穫した棉の実からひたすら種を取る

お盆も過ぎたころから、早い棉は少しずつ弾けはじめ、白いモフモフの実が顔を出します。

若い棉の実。弾けるまではまだまだ時間がかかりそうです。

完全に弾けるのを待ってから、一つずつ丁寧に収穫します。

毎日畑に行っては、「あ、ここにもある!」と弾けた白い棉を見つけるのは、まるで宝探しをしているような気分でした。まぁ、作付面積が狭いのでそんな悠長なことも言っていられるのでしょうが。収穫袋に少しずつたまっていくモフモフの塊を見ては一人ほくそ笑む毎日でした。

このモフモフの中に数個の種が入っています。一つの中に多いもので7~8個入っているものもあるので、全部の種を取ると相当な数になります。そこで、棉用の種取り機を使って種を取っていきます。

隙間に入れると…

…裏から出てきます

棉繰り機、棉切りロクロとも呼ばれるこの装置、二本の丸い木の棒の間にモフモフを一つずつ入れ、ハンドルをくるくる回すと向こう側に繊維だけが通り、種は足元にポロポロ落ちていくという単純な仕組みながらなかなか考えられた装置です。文章で説明するのも難しいので、超短い自撮り動画を貼りつけておきます。

一つずつやるなんて効率悪いではないか!と、調子に乗ってどんどん棉を入れていくと、両サイドの隙間に種が詰まります。まるで吸い込まれ消えていくコインゲームのコインのようなことになるので、決して欲張ってはいけないことに気づきました。

もちろん手で一つずつむしって取ることも可能です。人によってはむしるのとそんなに時間的には変わらないのでは?という意見もあったりするのですが、私は格段に違うと思います。なにより、手でむしるよりきれいに繊維が外れてくれるので、無駄が少ないです。

…ということを夜な夜なやった結果…

思っていたよりもたくさんの棉の塊を得ることができました。正月休みの間、箱根駅伝を観ながら作業を頑張った賜物であります。『2メートル分くらいしか糸が紡げなかったらどうしようかな…』と案じていましたが、この分だとだいぶん紡げそうな予感です。

しかし、この塊がそのまま紡げるわけではありません。専用のブラシで繊維を整える作業を経てやっと糸つむぎが出来る段階までやって来るのです。気の遠くなる工程を一つ一つ踏んでいきます。

…と考えると、980円のシャツってどうよ?となりますよね…。原料が、作る人が、そして売る人が、いろんなところで無理をしているのに違いないのです。という私も某社の極暖ヒー○テックを持っていたりするので大きいことは言えませんが、やはりこういうことも常に考えながら棉には向き合っていきたいと思っています。

 

棉の畑の様子

ところで、棉はこんな花を咲かせます。

和棉。アオイ科である棉、同じくアオイ科のムクゲの花にも似ています。

こちらは洋棉。和棉より花が大きく、薄黄色一色です。葉の切れ込みが和棉よりも浅いです。

 

薄黄色の花は、一日経つとピンク色に変化します。最初はこのことを知らず、「新種大発見か!!」と喜んだのですが、次々にピンクに変化する花に気づき、幻想だったのだと悟りました。

しかも、私の初歩的なミスで和棉と洋棉をどこに植えたのか全く分からなくなってしまい、葉の形や実の大きさで初めて分かるという苦労もし、おまけに緑の棉までごっちゃになるという実にカオスな畑でした。

 

時に棉にはかわいいお客さんもやってきます。

この子はセイヨウミツバチなので、うちの子ではないのですが、花粉団子をせっせとつけては花の間を飛び回っていましたよ。こういう風景を見ると、畑しごとをやっていてよかったな…と思いますし、この自然の循環を身の回りに増やしていくことが私の目指すところなので、今年の夏もたくさんの遊びに来てくれることを願ってやみません。

 

種について想うこと

植物の多くは、種を採って植えれば、また次も花を咲かせ実をつけるものだと思っていました。小学校の時そう習いましたし。しかし、現在流通してるほとんどの野菜の種はF1種(一代雑種)と言われるものです。ちょっと難しい話になりますが、異なる固定種子同士を交配させた雑種の1代目で、このF1種子を交配させる時に種苗メーカーでは長い時間をかけて両親の良いところを取り入れるようにして交配・採種します。みんな同じ生育をするため、出荷しやすく売りやすく、そして味も良いと。

雑種第一代(Wikipedia)

でも、この種、一代限りの性質しか持たないため、採取した種を蒔いても同じものができることはありません。

知り合いが前年に採取したブロッコリーの種を蒔いたそうです。この方はF1種と知りながら、実際に種を蒔くとどうなるのか実験してみたそう。先日、畑にお邪魔してそのブロッコリーを見せてもらったところ、立派な『観葉植物』になっていました。実は全くできていませんでした。

あの小さい種粒に、生き延びるために大昔から蓄積されてきた膨大な『データ』が入っている、と私はいつも思うのです。どんな優秀なコンピューターにも勝るとも劣らないような。厳しい自然の条件をくぐり抜けて進化・退化を繰り返してきた情報が全部詰まっているし、人間がどうのこうの操作しなくても、ベストな状態で生きていける知恵だって詰まっているはずだと思っています。

水や温度などの条件が揃えば眠っていた種の記憶が蘇るのだから、毎回すごいな…と感心するのです。

種子にまつわる『大人の事情云々(?)』を深く考えない者なのでこんな無責任発言もできるかもしれないですが、手元にある種を大切にして、適切な時期に蒔いて遠い記憶をオンしてあげる、品質が規格化されてなくても、病気にちょっと弱くなっても、ただ本来の植物の姿の恩恵をいただけたら、それでいいんじゃないかーと純粋に思うのですが、これでは都合が悪い人でも出てくるのでしょうね。

私はこれからも変わらず、命が繋がっていく固定種を選んで畑を作っていくつもりです。

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ABOUTこの記事をかいた人

福岡県出身、山口県在住。時々沖縄にふらり。 キッチンや庭でひそかに行うゆるゆる草木染め実験も大好きです。